『のろまな流れ星』にて、新潮社くらげバンチの第7回「8P@GOGO! 」大賞を受賞した紀ノ目。

新連載の『ロジカとラッカセイ』では、とある惑星で暮らすロジカとラッカのすこしふしぎな日常をつづり、連作短編形式でさまざまな人外との触れ合いを描いている。

「人類が滅んだとしても、ひとりぼっちじゃないよ」という新作オビの惹句も印象に残る、新鋭独自の世界観。ここに深く掘り下げます!

取材・文/田中香織(2018/9/6公開)


出会いとつながりはTwitter経由

ペンネームの由来からお聞かせください。言葉が先にあったのでしょうか。それとも「この漢字を使いたい!」といったお気持ちから?

漢字、ですね。本名から一文字取ってきて、それの後ろに適当につけちゃっただけで

いつぐらいから使ってらっしゃるペンネームですか?

たぶん7年前ぐらいから使っています。Twitterを始めた時に何も考えずに付けたもので、それがそのまま。変えるタイミングがなく、ここまで来ちゃった感じです

なるほど!Twitterからなんですね。ちなみに、デビューするにあたって「苗字をつけよう」ということは

「変えたいな」という気持ちは若干あったのですが、(同一人物かどうかが)わかりにくくなっちゃう方が嫌だったので、そのまま行こうと思いました

作品を発表し始めたこととTwitterの開始はどちらが先だったのでしょう

Twitterが先です。最初は趣味の方でやっていました。その後、Webマンガの投稿サイトに作品を出して、それが評価をいただいて連載になったので、そのまま名前を使っていました

「作品を世に出そう」とか「同人誌を描こう」と思われたのはおいくつぐらいの時ですか?

作品を投稿していたのは19か20歳くらいです

それは早い……!最初に投稿作品として描かれたのはイラスト、それともマンガでしょうか

マンガです。イラストも描いていましたけれど、マンガの方が描きたかったので。ちゃんと一話で完結してはいませんでしたが、小学生のころにはマンガを描いていたと思います。近くに住んでいたいとこと一緒に、ノート一冊に自分が描いて、続きをいとこが描いて、また私が描いて……みたいな。交換ノート的な形で描いていました

中学校の部活で、美術部や漫画研究会に入られたりは

しませんでした。恥ずかしかったので、周りには隠し隠しでやっていて。「絵が上手だね」と言われたことはありましたが、マンガを描いているということは隠していました。部活は運動部で、テニス部に入っていました 高校では帰宅部で。学校では描きませんでした

最初に投稿された時には「マンガ家になりたい」という思いはもうお持ちだったのでしょうか

そうです、ずっとなりたかったんです。小学校ぐらいから

実際に「マンガを描こう、マンガ家をめざそう」みたいなイメージが浮かんだのはおいくつぐらいの時ですか

いつだろう……高校卒業くらいですかね

初めて同人誌即売会に行かれたのは

関西のインテックスです。二次創作の方で、それが最初でした。自分で参加して、その時にはTwitter をやっていたのでそのつながりで同じジャンルの趣味の方が来てくれたり。Twitterを始めたのも、好きなジャンルがマイナーだったので、同じ趣味の話をできる人が欲しくて、です


紀ノ目ワールドが生まれるまで

幼少時はどんな作品がお好きでしたか

ふつうに少女マンガを読んでいました。児童書だと宮沢賢治、小説は恒川光太郎、ホラー小説が好きです。森見登美彦さんや星新一さんも読みました。結構ごちゃごちゃした、カオスな世界みたいなものが好きですね

作品から感じたことですが、藤子・F・不二雄さんもお好きですか?

好きです

『ロジカとラッカセイ』1巻より 『ロジカとラッカセイ』1巻より

あ!やっぱり。バクバクの話を読んだ時に、『のび太の海底鬼岩城』のバギーちゃんを思い出しました

担当編集(以下 編) バクバクの話の時は、「感動する話を描いて欲しい」と依頼しました

なるほど!そういった依頼から生まれた回もあるんですね

(編)その前が「牛」の話で、ちょっとブラックな読み味だったので、その次は読後感のよい話が読みたいなぁと思いまして。ちなみに先ほど少女マンガのお話が出ましたが、先生がお好きな作品のひとつに『赤ずきんチャチャ』がありますよね。そのお話を聞いたときに、『ロジカとラッカセイ』に通じるものがあるように感じました。

初めて読んだきっかけは覚えてらっしゃいますか?

単行本で買いました。初めて買ったマンガです。アニメをレンタルビデオで借りて観てから「マンガがあるんだ」と気づいて買ったんです

入り口がマンガではなくアニメだったんですね。アニメもよくご覧になっていましたか

はい。アニメの方が好きな作品が多かった気がします。特に子ども向けのアニメが好きで、そちらをかなり観ていました。『アンパンマン』が一番好きで、あとは『ドラえもん』も観ていました。『ムーミン』もアニメからですね

アンパンマンもムーミンも「人外」といえば「人外」ですね(笑)。『ムーミン』は原作も読まれましたか?

原作も好きです。原作と比べると、アニメはだいぶやさしい気がしました

アニメといえば、作中に「ポリアンナ」というキーワードが出てきました。アニメでお知りになったのですか?それとも児童書として

実は言葉からなんです。「ポリアンナ」という単語を知ったのが先で、その由来を知ったのが後。「楽天主義、楽天的になれる」みたいな意味合いで、そういった言葉が「ポリアンナ」という単語の意味に含まれていると。単語として知りました

なんと新しい出会い方……!デジタルネイティブっぽいですね。ある種のスラングとしてお知りになった。では小説は読まれていない?

はい。ざっくりとしか知りません


その世界はこんな形ではじまった

くらげバンチで先生が連載されるまでの経緯もお聞かせください

(編)先生が8ページの作品を対象にしたマンガ賞「8P@GOGO!」へ「のろまな流れ星」という作品をご応募くださって。大賞は読者投票で決まるのですが、「のろまな流れ星」が最も得票数が多く、第7回の大賞受賞となりました。大賞を獲得された方には「短期集中連載権」があり、先生に「描きたいものがありますか」と伺ったところ、すでに『ロジカとラッカセイ』が4話分あったんですよね

もともと、応募作も連載をしたいと考えた作品も、同人誌用に描いていました。お見せしたら、「載せてみましょう」という話になりました

『ロジカとラッカセイ』1巻より 『ロジカとラッカセイ』1巻より

(編)2017年11月から全4話(「謎の円盤」「マシューさんのアップルパイ」「ダンジョンへ行こう!」「星が落ちた日」)を短期集中連載として掲載しました。先生から4話をまとめて送ってきていただいたのですが、読み始めた当初は「ほのぼの系の作品なのかなー」という印象だったのが、「マシューさんのアップルパイ」を拝読して「えっ?!」と驚いて。次の「ダンジョンへ行こう!」から「このお話物語はここからどうなるんだろう?」となって、「星が落ちた日」では価値観をひっくり返されるようなオチがちゃんと用意されていて「すごいな……!」と感じました。マンガ賞の「のろまな流れ星」を読んだ時も、「オチが秀逸だなぁ」と思っていたのですが、「星が落ちた日」のラストはあまりに見事で感動して……。掲載短期集中連載では、まず2話目に公開した「マシューさんのアップルパイ」で読者コメント欄がざわついて(笑)。そこからどんどん世界観が広がりながら、最終話「星が落ちた日」での重たい設定の中にあるあたたかな結末に、「感動した」というコメントを寄せてくださる方がとても多くて。この作品の面白さが「くらげバンチ」読者の方にもちゃんと伝わっていると感じて嬉しかったです

『ロジカとラッカセイ』を描き始めた時に、最初に出てきたのはキャラクターですか。それともストーリー、シチュエーション?

まず「人外が出てくるお話を書きたいな」と。しかし「あまり人間がいないのも」と思い、「人間がいた方がいいかな」となった時に「じゃあなぜこの人は一人だけここにいるのか」という理由を考えて、「星が落ちた日」の話が浮かびました

『ロジカとラッカセイ』1巻より 『ロジカとラッカセイ』1巻より

では『ロジカとラッカセイ』という物語を作る上では「星が落ちた日」の方が先にあった

あの話へ行くために手前を描いた、という感じです。本当をいうと、描かずに内に秘めているほうが自分的には好きなんですけれども、あの話だけは細部までしっかり描いた方がいいかなと。ちゃんと説明した方が、読み手に世界観が伝わるし、キャラクターの過去が知れて嬉しいかなと思いました。

(編)今回コミックスを出すにあたって、収録の順番を変更しました。やはり「星が落ちた日」は、一番最後に読んでもらいたいと思って入れ替えています

物語を思いつく時はストーリーが先ですか。それとも編集さんから「こういうシチュエーションで」といったお題が出てからでしょうか

(編)本連載が始まって以降は、そういった形もありますが、基本的には紀ノ目さんが打ち合わせでいくつかのプロットを見せてくださって、そこから話を進めていきます

プロットはネームではなく箇条書きで?

はい。自分がわかる程度のものを、スマホに一気に打ち込んで。それをスクロールしながら、打ち合わせでそのままお見せする。脚本みたいな感じです

(編)テキストベタ打ちのような形式で、スマホで、フリック入力で(笑)

おおおー(笑) 新しい!紙とペンは使わないのですか?

いえ、そんなことはないです!ネームはノートにまず書きます。ネームよりも前の段階のノートがあって、人外の形を決めるのも同じノートでやります

話を思いつくのと、形を思いつくのはどちらの方が先ですか?

話が先です。キャラクターの見た目は、お話を描き始めてから考えます。名前と形だと、名前や設定が先に決まります。プロットからですね。みんなほぼ、キャラクターが先でどんな見た目にしようかと考えて……といった感じですね


絵の描き方、キャラクターの作り方

ちなみに、人外はいつからお好きだったのですか?

高校の頃からです。「人外」という言葉が生まれる前から、人以外のものが好きでした。子ども向けの作品が好きだったので

(編)絵を描く対象として人外がお好きだったのでしょうか。それとも、「人間」を書く上で、「人外」という形の方が描きやすかった?

形については人外の方が描きやすいという理由も一つにありましたが、人間を描くのは他の作家さんがされているので、自分は違うものが描きたいということもありました

人外の造形についてもお伺いしたいのですが、わりといろんな顔がありますよね。みんな味のあるよい顔ですけれど、こういった造形はどこから浮かぶのでしょう

いろいろですね。他の作品を参考にしたり。毎回ちょっとしんどいけれど(笑)

大変ですよね(笑)同じパターンの人があまりいない

(編)しかも一話につき、新キャラが一人出てくる(笑)

表情を描くのも難しいですよね。本来はないものに表情を与えている。でもみんな表情豊かで、人外なのに人っぽい。ところで絵は、ペンで描かれているのでしょうか

いえ、全部デジタルです。もう最初から、全部。昔は付けペンも使っていたんですけれど。板タブも持っていました。マンガを初めてちゃんと描いた時はアナログで描いていましたが、あまり合わなかったですね。めんどくさがり屋なので

網掛けや描き方が紙由来の独特さかと感じていたので、驚きです。この質感をデジタルで出せるんですね……!以前の作品、たとえば『エルマン』(comico掲載)はカラーでマンガを描いてらっしゃいましたけれども、この作品はモノクロです。描き方に違いはありましたか?

だいぶ変えました。カラーを線で描き込んでしまうと塗るのがしんどいので、パキッと描いてベタっと塗っていました。もともと、『エルマン』よりも『ロジカ~』の描き方の方が本来の描き方に近くて、comicoさんのカラーマンガの方がわりと変えて描いていました。「描き込みをとにかく多くしよう」みたいな描き方の方が、元々の描き方です

『ロジカとラッカセイ』1巻より 『ロジカとラッカセイ』1巻より

この網掛けというか、線の描き込みはかなりのものです。ご苦労があるのでは

黙々と描き続けるのはけっこう好きですね(笑) アシスタントさんもいません。一人で描いています

すごい……!ページ数に関して、いわゆるふつうの連載ではもう少し長い場合もあります。今回の連載の場合は短めなところが先生のやり方に合っていた?

そうですね、短い話を描きたいときもあるので、ページ数が固定じゃないのはありがたいです

(編)4月からの本連載は、大体ひと月に30ページ台ぐらい描いていただいています。11月に短期集中連載が終わって、それから4月まで時間があったので、だいぶ先まで描き進めていただきました


影響を受けた作品とテーマについて

エルマン』も『ロジカとラッカセイ』にも「家族」というテーマがあるように感じました

はい。疑似家族が好きなんです。好きな作品に疑似家族系が多く……『アンパンマン』もそうですし。血のつながりとか一切ない。たとえばメロンパンナちゃんとロールパンナちゃんだと、ロールパンナちゃんが後に生まれたのにお姉ちゃんなんです

え?!そうなんですか!

メロンパンナちゃんが「お姉ちゃんを作ってほしい」と言って。あとに生まれたのにお姉ちゃん

(編)すごい!(笑)ふつうだと「お姉ちゃんが欲しい」と言っても絶対に叶えられない夢ですよね

ファンタジーの力ですね……!

そういったものが好きなので。あと藤子・F・不二雄先生も、作中では家族の中に別の存在、たとえばロボットだったり宇宙人だったりが入ってくる。そういったものが入ってくる世界観が好きなので、疑似家族を描きたいというのがあります

『ロジカとラッカセイ』イラスト 『ロジカとラッカセイ』イラスト

では『ロジカとラッカセイ』を描こうと思われた時に、人外と疑似家族と全部お好きなものを詰め込まれたんですね!

そうですね(笑) あとマンガだと、『風の谷のナウシカ』にもだいぶ影響を受けていますね。描き方含め。最近、好きな作家さんだとpanpanyaさん

なるほど!panpanyaさんの作品はどういった形で手に取られましたか

もう本当に表紙買いですね。読んでみて「これは当たりだ!」と思って、その時出ていた本を全部買いました

普段読まれる書籍は電子と紙、どちらの形態が多いですか?

紙の方が多いです。物理的に、並べておきたい

(編)そういえば最初に「大人の絵本を描きたい」とおっしゃっていましたね

大人の絵本というとはどういったイメージでしょうか

大人の中にいる子どもというか、インナーチャイルド、そこに向けて描きたいという気持ちがあります。具体的なイメージの児童書や絵本があるわけではなく、そういった要素が入っていたり発信している作品。あと、ドリームワークスという CGアニメの会社が好きなんですけれど、子ども向けなのに結構残酷な描写がされている。そういう作品などからも発想を得ています。

アニメ映画以外でお好きなものは?

『レオン』ですね

牛の話は、一番読み返しました。「この牛の表情はいったい何を訴えていたのだろう?」と気になって。作品を通じて、「回答らしい回答を用意しない」という回もあると思うのですが

そうですね。ホラーが描きたい部分があって

ご自身の中での答えはあるんですか?

あまりしっかりとはないんです。「そのわからなさが怖い」ということが描きたい感じです。表情がなくて何を考えているのかわからないものが好きです。こわいものが

(編)ラッカの目には、ハイライトがないんですよね。普通のキャラクターだと表情を生き生きさせるためにもキラキラした目になることが多いですが、逆に「表情の見えなさ」がこの世界だなあと。コミックス第1巻のカバーイラストを描いていただいた時、ラッカの目にハイライトを描いてもらったところ、別人になってしまって。やはり、明るさの中に暗さがあるのが、この作品の魅力なんだな、と感じました

最後に、読者の方へメッセージをお願いします

単行本を出していただけたことが本当に嬉しいです。人間じゃないのに(笑)他社さんで描いた時は人外ものの案を出しても「人間を描いてください」と言われることが多くて。3社くらい担当を持ってもらっていましたが、毎回それを言われて、商業で人外を描くことをほぼ諦めかけていました。今回、短期連載で多くの読者さんから応援していただけたおかげで、連載を任せていただけて、ここまで形にできたことが嬉しいなというのが一番です。ありがとうございます。

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