『マイ・フェア・ネイバー』『おはよう、いばら姫』で知られる森野萌が送り出した最新作は、まだ恋がわからない女子と愛が重すぎる男子の、恋のはじまりの物語!

隣のクラスのイケメン・花野井くんがフラれる現場を見てしまった高校一年生のほたる。初対面にもかかわらず、思わず気遣った彼女の優しさに打たれた花野井くんは、後日の教室でなんと公開告白をしてきて………?!

「誰かを大事にすること」「相手と向き合うこと」について真摯な二人に、ハラハラしたりほっこりしたり。これから、どうぞご一緒に見守ってください!(2018/10/12公開)

取材・文/田中香織


はじまりはコミティアの出張編集部から

商業に持ち込まれたのは、コミティアさんでのご経験が初めてのことだったのでしょうか

最初は投稿でした。少年誌に送ったのが、商業へは初めての持ち込みです。就職を機に投稿は一旦やめ、その後しばらくはただ描きたいものをひたすら描いている時期が続きました。コミティアにも何度か出ていたのですが、一度いろいろな編集さんに意見を聞けたらと思い、持ち込んだ編集部のひとつが『デザート』さんでした

当日の会場には現担当さんもいらっしゃいましたか?

担当編集(以下 編) その日は用事があって参加できなかったんです。後日、コミティアで森野さんの作品を見た編集長から、担当を委ねられました。ラッキーでした(笑)!

こちらこそ担当していただけてラッキーだなあと!

相思相愛ですね!(笑)出張編集部に持ち込まれた方の中で、編集部側で「いいな」と思った方へは、後日改めて……という感じの話をされるのでしょうか

「興味があればぜひ連絡をください」と編集長から名刺をいただきました。その時は「仕事の依頼というわけでもないし、次の賞に向けて一緒に描きましょうという話でもないし、一体どのレベルでのお話なんだろう……」と内心おろおろしてました(笑)。連絡を取るにしても、なんと言って連絡を取れば良いのだろうと悩みつつ、メールを送って……でも、それがきっかけになって良かったです

動いてみることには価値がありますね……!

すかさずの連絡、大事ですね

(編)森野さんは社会人としての経験をお持ちだったのも大きいと思います。名刺をお渡ししても、そのまま連絡が繋がらないままという方もけっこういらっしゃるので、ご連絡を作家さんご本人からいただけるのは本当にありがたいです。そうそう、今日は連載前のいろんな資料をお持ちしましたよ!

絵が古くて自分じゃ見られない……!

『花野井くんと恋の病』資料 『花野井くんと恋の病』資料

(編)キャラクターの設定も、髪型などいろいろ候補を出してくださいました。『花野井くんと恋の病』(以下、『花野井くん』)のヒロイン・ほたるは、メガネっ娘案も……

(ぽそっ)太い眉は譲れなかった(笑)

(編)太眉が好きなんだなというのは、前の連載も、その前の連載でもあったので、そこは何も言いませんでした(笑)

描かれるスピードは早い方ですか?

『花野井くん』に関しては、正直、毎月花野井くんの顔面に苦しめられていて描くのはあまり早くないです。女の子は描くのが好きで、比較的早く描けると思うんですけど、男の子はすごく苦手で……

えええ~?!そうなんですか?でも、とてもかっこいいですよ。色っぽいしかっこいいですし

イケメンを目指して描いているので、そう言っていただけると大変ありがたいです……。『おはよう、いばら姫』(以下、『いばら姫』)の時は、主人公の哲をイケメンと誰にも言ってもらえなかったので、今回はちゃんと顔面偏差値の高い男の子を出すぞと(笑)

『花野井くんと恋の病』第1巻より 『花野井くんと恋の病』第1巻より


描けない構図もあえて描く

最初に描かれたマンガのことを覚えてらっしゃいますか

自分の記憶の中で一番古いものは、小学校低学年ぐらいの時です。兄の友達と兄と私の3人でよく遊んでいたんですが、その兄の友達がマンガを描く子で、お家にもマンガをたくさん持っていました。ある日その3人で「マンガを描こう」という話になって。それぞれで好きなマンガを描く、みたいなことをしたんですけれど、私はその時に『美少女戦士セーラームーン』にそっくりなマンガを描きました。それがたぶん、最初に描いたマンガの記憶です

そのころからマンガ家になりたかったのでしょうか

もともと、絵に関する仕事をしたいなと思っていました。ただ、小さい頃の夢ってコロコロ変わると思うんですが、私も最初は画家になりたい、イラストレーターになりたい、ファッションデザイナーになりたい……みたいな状態で、それでもなんとなく「絵を描く仕事がしたい」というところだけは変わらなくて。ちょうど10歳前後の時期に、さきほどお話しした兄の友達の影響もあって夢が固まったのかなと

周りにマンガ家さんがいらしたとか、関係者の方でどなたかマンガ関連の職業の方はいましたか?

親戚がイラストレーターをやっていました。マンガ家になろうと思ったきっかけ自体にその親戚は関係ありませんが、絵を好きになってから「親戚が実はイラストレーターをしているよ」と教えてもらって、いらなくなったトーンをもらったりしていました

現在、デジタルとアナログの使い分けはどうなさっていますか

今はペン入れまでがアナログで、そこから原稿をスキャンして、トーン貼りをCLIP STUDIOで行っています。初連載だった『マイ・フェア・ネイバー』は全部、アナログ原稿です

全部アナログ!それは珍しい

『THE デザート』の読み切りを描いた時に、初めてCLIP STUDIOを使いました。それが連載を始める前のことで、「連載からいきなり初めて使うというのは怖いな」と思って

(編)CLIP STUDIOの講習を受けに行きましたね

行きました、行きました!懐かしいなあ

『花野井くんと恋の病』第1巻より 『花野井くんと恋の病』第1巻より

大ゴマの使い方がとても印象的です。一コマの表情が雄弁で、特に目で語らせるシーンも多く、目力を強く感じることも

目を描くのがすごく好きなんです

なるほど!納得です。全体的にも難しい構図で描かれているシーンがたくさんありまして、俯瞰からの絵や、走るシーンなど、映画のようにいろいろな視点から取られている。こういった描き方は、ネームの段階で提案されているのでしょうか

ネームの時から構図は決めてます。でも描けるから入れているわけではないんです。飽き性なので、「特定のなにかを勉強して集中的に描く」といったことが全然長続きしなくて、マンガを、とにかくたくさん量を描くことで学んできました。その中でいろいろな構図を描かざるを得ない状況に自分を追い込んで、それが練習になる……みたいな。そういった感じでずっとやってきたので、描けない構図もあえてネームに入れちゃって描くしかない状況にしています

『花野井くんと恋の病』第1巻より 『花野井くんと恋の病』第1巻より

もはや、自分スパルタ式漫画教室……

そうそう(笑)背水の陣みたいな感じです

それは「この構図がいいけれど、描けるかわからないけれど、とりあえずこの構図しかない!」みたいな描き方でしょうか

はい。「これ、上から撮ったらかっこいいんじゃないか」とか「ここは迫力を出したいから、下から見上げる感じにしよう」とか。それをすべて描けているわけではありませんが

(編)ネームの段階で、カメラワークをご自分で整えた状態で出してきてくれます。拝見するたびに「またこんな難儀な構図を……」と(笑)

読者としても、難しいことをなさっているなと感じています(笑)

自分の想像だけだと描けないこともあるので、編集部の皆さんにご協力をいただいています。たとえば、男性と女性でお姫様抱っこを実際にやっていただいたり

(編)それを私がカメラで撮って送ります

その努力の結果がこのリアル感に繋がる!

ポーズ集もたくさんありますけど、欲しい角度での掲載がない場合も多くて。そういった時にもお願いしてます

『花野井くんと恋の病』第1巻より 『花野井くんと恋の病』第1巻より

協力体制といいますか、バックアップ体制がすばらしいですね

さっきも「いつもありがとうございます!」と編集部にご挨拶を(笑)

(編)やっぱり森野さんは「見て描きたい」とおっしゃるから、どんどんうまくなっていると感じます

とんでもない!話に自信がないから、せめて絵を丁寧に描いて、絵だけでも「いいもの見た」と読者さんに思ってもらえたらと……

謙虚すぎます……!

いやあ、自信がないんですよね。今まで、小学校から現在までずっと、上手な人がたくさん私の周りにいたので自分が上手いと思えたことがなくて。少し時間が経つとすぐ自分の絵がダメに見えてしまうので、『花野井くん』の一話を単行本に収録する時なんかはたくさん修正を入れたんですよ!

(編)一話は、かつてないぐらいの修正が入りました。油断すると花野井くんが二十歳過ぎの青年になってしまうので(汗)

ご自身に厳しいですね……!読者よりも厳しいかもしれませんね。普通に「花野井くんはかっこいいなー」と思って読んでいました

「そう見えて欲しいなあ」って思いながら描いています。作品内で「イケメン」て断言しちゃうと、「イケメンに描かなければいけない!」という強迫観念が……!

先生の中で理想のイケメン像というか、「これぐらいじゃないとイケメンとは言ってはならん!」というようなものが

モブと並べた時に「やっぱり全然違うな」という風に描かないと、イケメンに説得力がないかなと思ってます。しかもこれ冒頭で「顔面偏差値80以上」って言っていますから(笑)

求めるイケメン度が高い!大変ですね。花野井くん、これからどんなイケメンに育っちゃうんでしょう(笑)


過去作との比較と、イケメンへのこだわり

これまでの作品を踏まえると『花野井くん』も、幸せになってほしいけれど、物語としては一筋縄ではいかないなという雰囲気が伝わってきます

はい、お察しの通りです(笑)私、根本的にハッピーエンドが好きで、でもそこに至るまでには「どん底から這い上がってきてほしい!」という思いがあります。過去作にも共通することですが、なんでも上手にこなせてしまう人より、まっすぐなのに、まっすぐすぎて違う方向に行ってしまったり、とても真面目に頑張っているのに見当違いなことをしてしまったり……そういう不器用な人でも報われてほしいという気持ちがあるので、主人公に据えて、最後は絶対に報われるところを描きたいと思っています

『いばら姫』ほど、キャラクターには過酷な試練を課されない?

今回は『いばら姫』の反省点を詰め込んだ作品です。『いばら姫』の時は、ありがたくもとても楽しんで描くことができました。自分の頭の中にあったお話を、最初から最後まできちんと形にできたという意味でも、私の中では大切な作品になったと感じています。一方で、ちょっと「自分が楽しい」に寄っちゃったなという気がしていて

確かに、最初はちょっとサスペンス調ですよね

よく『デザート』で描かせてくれたなと思いました(笑)そんなふうに『いばら姫』では私自身が楽しんで描かせてもらえたので、今度はまずは『デザート』を読んでいる方に、ちゃんと楽しんでいただけるような作品にしたいと思っています。読んだ後、暗い気持ちになるんじゃなくて明るい気分になってもらえるような。難しい設定のお話は理解に時間がかかりますし、月刊誌だと次の話までに間が空いて分からなくなっちゃうだろうなと。もう少しシンプルで、わかりやすい話を、そしてちゃんとイケメンが出るという話を……

イケメンへのこだわりがここにも!

担当さんから言われたとかじゃなくて『いばら姫』を描きながら、私自身が「ああ、やっぱりイケメンはいたほうがいいな……!」という反省に立って。『いばら姫』にイケメンが出た方がよかったという意味ではなく、次はイケメンを描こうという決意で『花野井くん』をはじめました

キャラクターとお話と、どちらから先に創られるのでしょう?

『いばら姫』の時は最初から最後まで話を決めている作り方でしたが、今回の『花野井くん』はキャラクターから創りました。キャラクターが最初にあって、そこから話を描くというのは初めての経験で……。話のテーマとして「愛が重い男の子」というのは決まっていましたが、そこからどういう話にするかは全然決まっていなかったので第一話が本当に大難産でした

(編)今は森野さんもだいぶ『花野井くん』に慣れてきたので、最近はプロットとネームをそれぞれ一、二回やり取りすれば完成形に近づくんですけれども、一話のときは最終的に五回以上はやり取りしましたよね

しかもまるごと全部描き直したくらいなので、60ページ×5ぐらいの総ネーム量…

どの辺りが一番難産だったのでしょうか

ほたるの設定に時間がかかりました。「ほたるをどういう子にするか」というのが、私の中でもまだぼんやりしていて。「普通の子」というのはテーマだと思っていて、でも「普通」の幅が広すぎて捉えられないというか。最初は、もうちょっと恋愛に対して拒否感を持つキャラクターでした。「男の子がまるでダメ」という設定で「触ったらアレルギーが出る」くらいの、男性への恐怖感を持つ子だったんですけれど、それはうまくいかず

『花野井くんと恋の病』第1巻より 『花野井くんと恋の病』第1巻より

収まるところに収まらないという感じだった?

単純に、面白くなかったなと…。「読者の方に、この二人を好きになってもらいたい」という一貫したテーマがあって。でも「このままだと、好きじゃないな」と(笑)。なので試行錯誤でしたが、その後はおかげさまで、いろんな方に一話を「いい」と言ってもらえたので、頑張って良かったなと思いました

キャラクター達の成長とともに、これからのお話が進む?

「最後はこうしたい」くらいはぼんやりと決まっています。でもそれもぼんやりなので、変わる可能性も。ただ、読んでくださっている方の声を聞くと「幸せみ」というか、そういった部分をとても楽しみにされているのかなということをすごく感じるので、なるべくそこを裏切らないようにしつつ、でもやっぱり描いているのは私なので自分らしさも失わないように……(笑)ずっと幸せな日々だけが続いていくよりは、「この子達はきっと幸せに死ねる」っていう確信が欲しいんですよね

イケメンといい、ハードルが高いですね……!

キャラクターが「幸せに死ねる」というか、「幸せな人生を遂げられる」っていう確信が欲しいんですよ。だからちゃんと試練を課してそれを二人で越えていってほしいと思っています

「病める時も健やかなる時も」的な?

あ!私、最初その言葉をタイトルにしようと思っていました。『病める僕と健やかなる君』みたいな……ボツになったんですけど(笑)。この話を描く前に、担当さんから「命を助けられなくても、恋はする!」ということを言われたのですが、私、理屈っぽいので、好きになる理由をちゃんと描きたいんです。だから『いばら姫』の時はお互い「助けてもらった」といったきっかけを作りましたが、そんなたいそうな、人生を揺るがすような出来事がなくても「人は恋をする」ということを言われて、なるほどなと。今回はそれもテーマの一つになっています


作家と編集、その二人三脚

ふだんの打ち合わせはどういった感じで、担当さんの立ち位置など、どういったアシストがあったのでしょうか

(編)『花野井くん』に関しては、二人の恋はゆっくりやろうよ、と話しています。一巻、二巻はひたすら「多幸感」を追求しよう、と

手綱を握ってもらっているような感じです。私がすぐ重い話にしがちなので、キャラの過去の話を入れたがるんですよ(笑)

(編)それを私が「まだ早い」とか「少なめに」と言っています

話の主軸そのものは、私が「こんな感じで」とプロットを出すんですけれども、それを見て導いていただくというか。「主人公はなぜこういう結論に至るのか」といった、辻褄を合わせられるようにわかりやすい感情の流れとか、少女マンガとしてはこういう部分を大事にしたほうがいいとか言ってもらっています。『花野井くん』に関しては、「少女マンガ直し」がけっこう多かった気がします

少女マンガ直しとは、いったいどういった……?!

覚えているのだと、「少女マンガとしては、1話はまずヒロインの登場シーンより目立つくらいにイケメンの登場シーンが大ゴマで欲しい」とか……

(編)言いましたね(笑)そんな大層なものではないんですけど、たとえば2話では花野井くんが「僕のこと待っててくれたんだ」という場面で、手のひらを口に当てる描き方だったのを「少女マンガはこっち向きです」と手の甲を口側にした方が良いとお伝えしました

それは確かに!

変更前は「なんだか女子っぽい!」と言われちゃって

『花野井くんと恋の病』第1巻より 『花野井くんと恋の病』第1巻より

(編)この連載に関してはそういうチェッカー的な役割であったり、感情の流れがおかしいところへのツッコミを担当している感じです。ストーリーはご自分で作れる方なので、「このエピソードをここでやるべきなのかどうなのか」といった、出しどころのタイミングを計る役目でしょうか

バランサー的な立ち位置でしょうか

この作品に関しては、『いばら姫』の時よりだいぶ二人で作っている感があります

(編)一緒に作らせてもらってますけど、でも本当は一人で作れる方なんですよ!

いや、全然!本当に全然!一人だと、私は描けません。プロットの初稿はいつもひどいものなんですよ

考えすぎて袋小路、みたいな

まとめるのがすごく苦手なんです。いろんなことがポンポン思い浮かぶんですけれども、どうにもまとまらないというか。プロットの初稿はただのブレインストーミングみたいな感じで、とりあえず「大体こんな話にしたい」くらいしか出せません。担当さんにはそこから「今回のテーマはこれですね」と指し示していただけるので、それを聞いて私が「あ、そうか!今回はこういう話なんだ」と、ようやくいらないところを捨てられるという流れです

(編)森野さんの「とりあえず全部聞いてください」と出していただいたものから、足したり引いたり選んだり……。そんな感じで一話ずつやっています

これまでの作品でも「家族」というテーマがありました。花野井くんの家族はこれからどうやって描かれるのかが気になっています

もともと私が、恋愛感情よりは親子関係の方が気持ちを追いやすいというか、想像しやすいというタイプなので、それで自然と「家族」といった要素が多めになったのかなと。花野井家の話もすごく描きたいのですが、順序的にもう少し先になりそうです

『花野井くんと恋の病』第1巻より 『花野井くんと恋の病』第1巻より

最後に読者の方々にメッセージをお願いします

ネタバレかもしれませんが、この作品はハッピーエンドです(笑)!読んでくださっている方には、二人の関係性を可愛いと思ってもらえたり、幸せな恋の様子を楽しんでいただけているのかなと感じています。今後もそのあたりを大切にしていく作品にしていきたいと思っていますが、それと同時に何か問題が起こっても一緒に乗り越えて行けるような二人になっていって欲しいと思って描いています。今後もさまざまな展開が待ち受けておりますが、絶対ハッピーエンドにしますので安心して見守っていただけると幸いです

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