映画「ほしのこえ」「君の名は」で知られる新海誠監督の作品『彼女と彼女の猫』をコミカライズした山口つばさが放つ、待望のオリジナル新連載「ブルーピリオド」。

成績優秀で人当りも良いリア充、でもDQNな主人公・矢口八虎(やぐち やとら)は、ある日を境に絵を描く喜びに目覚める。高校生2年生の彼が挑み始めたのは、ある意味で東大よりも難しいとされる藝大受験への道だった!

いま注目の著者が紡ぐ青春の物語、ここに開幕!(2018/3/23公開)

取材・文/田中香織


マンガ家になるまでの日々

ブログのタイトルのあとに「マンガと絵を描かせてください」という言葉が、作家さんのサイトにあるものとしてはめずらしく感じました。この文言はデビューされる前から、ずっと載せてらっしゃるんですか?

そんなに深くは考えていませんでした。商業でやっていけるビジョンがなかったので、ちょっとフランクに書いていても良いかな?と

pixivではBLを発表されていましたが、同人誌などのご経験は?

二次創作でずっと。ただ創作BLを描いたのは、ずっと読み切りのネームが通らずその間担当さんにしかネームを見せていなかったので、もっと発表して刺激を受けないとモチベーションが保てなくなりそうだったんです。「なんとか発表しなくては」と思って、創作BLを描いてpixivに載せました。ですので「BLを専門的に描いていきたい」というところまでではなく

絵を描き始めるのとマンガ家さんになりたいと思ったのは、どちらが先だったのでしょうか

小さいころからマンガやアニメが好きで、ずっと絵を描くタイプの幼稚園児でした。基本的にポケモンなどが好きだったので、ポケモンの絵を描いたり。ほんとうに普通のお絵描きですね。高校受験前に美術系の高校があるのを知り、その受験科目に実技試験があったのでその時からデッサンを始めました

中学での部活動は美術部、それともマンガ研究会やアニメ研究会などでしょうか

美術部も研究会もなにもない学校でした。ただ、それまで自分がずっと通っていた絵画教室があったので、絵はそこで描いていました。マンガを描くことも好きで、マンガ家になりたいという気持ちはあったものの自信がなくて。高校は美術系でしたから、周囲も自然と美大進学を目指すような空気がありました。だから「とりあえず大学に入ることを目標にしよう」という感じで受験し、運よく大学に受かって。でも大学に入ってからやりたいことがなくなってしまい、その時改めて「これから何をしたいかな?」と考えたら「やっぱりマンガを描きたいな」という気持ちになりました。ですので、マンガ自体をちゃんと描き始めたのは大学に入ってからです

それまではマンガよりも絵を描くことの方が多かった?

そうですね。小さい頃はペンネームを決めて、リレーマンガを描いて……といったような、マンガ家ごっこくらいです。マンガも落書き程度で、イラストを載せるためにホームページを作ったり、お絵かき掲示板に描きこんだりはしていましたが「絵にストーリーをつけて一本のマンガを描き上げる」ということはありませんでした

初投稿をしようと思ったのはいつくらいですか?

大学を卒業してからなんですよね。学生時代には「進級制作」というものがあって、作品を出さないと次の学年に進級させてもらえないんです。その制作に、2年の時から作品としてマンガを描いていました。卒業制作にも、4年生に進級した時のマンガや他の作品を集めたものを提出して

「ひとり同人誌合本」のような

そうです、そうです!そのあたりで「マンガ家になりたいな」と思ったので、その段階で完成していた作品をいろんな出版社に投稿しました。他のところでは反応がありませんでしたが、アフタヌーンだけが「いいね」と言ってくださった。現在の担当さんが拾ってくれたようなものです

では「アフタヌーンじゃなきゃいやだ!」とか「アフタヌーンで描きたい」というお気持ちが強かった?

当時、アフタヌーンが一番好きな雑誌でした。あ、もちろん、今も好きですよ!(笑)好きな作家さんがアフタヌーンに多くいらしたので、本命として自分で一番気に入っている作品を送りました

マンガ家になろうと決められる前は、「マンガを描かなかったら、絵の方で進んでいこう」という考えはありましたか?

何も考えていませんでした。「そのつど、そのつどがんばろう。ダメだったらその時考えよう」と思っていて

「絵を描く」という行為の中で、マンガの優先順位が高かった?

そうですね。逆に言うと、あまりイラストには自信がなかったので……

2014年に佳作を受賞され、その後「good!アフタヌーン」で読みきり二作を描かれています。二作には現在連載中の『ブルーピリオド』をほうふつとさせる場面やキャラクターが登場しますが、描かれていた時には既に連載の構想はあったのでしょうか?

全然ありませんでした。ただ、ずっと美術をやっていたので「美術のマンガを形にできたら、描けたらいいな」という気持ちはありました。でもどうしたら伝えられるかを考えていなかったので、二作を書いた時はとにかく「読み切りを載せること」に必死でした

good!アフタヌーン2015年5月号「ヌードモデル」より good!アフタヌーン2015年5月号「ヌードモデル」より

佳作受賞後、現在の編集さんがご担当になられた

そうです。でも担当さんが付いてくださってから読み切りが載るまで一年近く、ネームにボツが出され続けて……(笑)

担当編集(以下 編) あれ、そうでしたっけ?

そうですよ〜!四月の時点で連絡が来て、そこから翌年の一月くらいまでずっと全ボツという感じで。しごいていただいたというか

最初の読み切りを描き上げるまでの間、どんなお気持ちでしたか?

ずっとボツが続いていたので「どうしたら良いだろう?」「なれないのかな?」という不安の気持ちが大きかったです。当時は「25歳までにダメだったらもう一度考えよう」と考えていました。なれなかったら仕方ないかな、と

「good!アフタヌーン」に読み切りを掲載された時が「マンガ家になれた!」と感じられた瞬間でしたか?

読み切りだけだと食べていけないので、そういう実感よりも「とりあえず良かった」という安堵の気持ちでした。いまだに自分が「マンガ家」と名乗るのは、恥ずかしい気持ちもあって……。「調子に乗ってる」みたいに取られるのではないかと(笑)

そんなことないですよ!(笑)

みなさん、そのあたりどうなんでしょう?名乗られてらっしゃるのか、気になります!


「マンガは追体験、絵画は問題提起」

『彼女と彼女の猫』を描いた当時のことをお聞かせください

コミカライズにあたっては新海監督の作品がベースとしてありました。ただ、原作の映像では登場人物のくわしい設定などはほぼなにも描いていないんですよね。その部分は観た方に委ねられていて、観た方自身の「鏡」というか、自分の気持ちを投影できる作品だと感じていました。一方で、作中で語られていない部分を自身の体験で埋めるといったようなことが難しい方、たとえば小学生や中学生くらいの子が観てもピンとこないかもしれない。まだ人生経験が少ない方にはある部分が「それで?」といった感じになってしまうかもしれません。だから、そのまま描いても伝わらない人がいるだろうなと考えつつ描きました

そういった方に向けて、意識して描かれた部分はありますか?

絵はほかの表現と比べて伝えられる情報が少なく、そういった意味で新海監督の作品は普通のエンタメよりも絵画的な部分が強いと思っています。私の考えですけれど「マンガは追体験」だと思っていて、「絵画は問題提起」とか「鏡」みたいな、美術的価値とは別に、その絵を見ただけでその人に響くかどうかはその人の経験してきたものとの影響が大きいと思っています。言っても伝わらないことはたくさんある。そのあたりの伝え方、伝わり方がとても難しいなといつも思っています

マンガとアニメ以外で、小説や映画、演劇など他に好きなジャンルはありますか?

あまり見ません。映画はマンガを描くようになってからわりと観るようになりましたけれど、演劇などは数えるほどしか行ったことがなくて。マンガやアニメは昔から好きでした。小説はどちらかというと苦手ですが、純文学系の作品は好きで、雨の日に暗い気持ちになりながら読むのが好きです

『ブルーピリオド』を描き始めたきっかけは?

当初は「美術を楽しいと思ってくれたらいいな、敷居が高くなくなると良いな」という気持ちがありました。一方で、マンガにすることで「美術やりたくないな」と思われるのは嫌だなとも。読者の方がその後どう変わるか、というところを意識できたらいいなと

「ブルーピリオド」第1話より 「ブルーピリオド」第1話より

言葉の力が強いマンガだと感じます。モノローグも主人公である八虎の言葉が主で、まるでひとり語りのような。ネームにはかなりの時間を割かれていますか?

めっちゃ直しますね。編集さんの指摘もあって、細かいところを「これでもか!これでもか!」と修正します

何回も何回も直させてしまって……。シンデレラでいうところの「継母」みたいなツッコミかもしれません。細かいところをネチネチと(笑)

(一同笑)

作中では八虎のモノローグが印象に残るシーンも多くあります

モノローグは好きですけれど、本当はあまり入れたくないんです。私自身が他の方のマンガを読んでいて、会話劇の方が楽しいと思うから。それでも入れるのは「絵を描くときに何を考えているのか」という視点が欲しくて、いう感じですかね。もし他のキャラクターでも、そういったシーンがあれば入れるかな、どうかな?という感じです

「ブルーピリオド」第1話より 「ブルーピリオド」第1話より

作品に対する一種の「補助線」みたいなものでしょうか

絵を描いていない方からすると「絵描きって自分たちよりもめっちゃすごいこと考えてるんでしょう?」と言われることもあります。でも「そんなことないよ」「こういうプロセスで考えてるだけだよ」といったことを描きたかったので、モノローグが多くなっている気もします

美術をやっている側じゃない方の視点に立たれたわけですね

そうですね。天才肌の人だったらもっと感覚的に、もっと「ずばばばばん!」とやれるのかもしれませんけれど。自分で言うのも恥ずかしいんですが、どちらかというと自分は八虎に近くて。「数をこなして戦略的に考えて描く」というようなやり方でしか美術がわからなかったので

そこで「分析と理論」からの美術

勉強などでも「努力家の人の方が教えるのはうまい」といいますよね。だからかな、天才じゃないから視点が読者向きなのかも

「ブルーピリオド」第1話より 「ブルーピリオド」第1話より


「ブルーピリオド」につながるモデルとは

八虎には普通の高校生的な部分と、帯でうたわれているようなDQNな部分があるとすると、そのどちらにもモデルがいらっしゃるんでしょうか

中学校の美術の先生をしている友達から聞いた話があって。彼女の担当で、美術の時間を真面目に過ごさない生徒がいたそうです。授業中、すぐに飽きてしまう。そういった子がある日「標識、マークをつくる」といったような授業で「恋愛推奨マーク」といったものを描きたい、ということになった。理由は「月9が好きだったから」らしいんですけれど、月9って基本的に恋愛ドラマですよね。それまでの美術の授業ではこだわりを持てなかったのに、恋愛推奨マークは「男の子と女の子が手をつないでるシルエットを描きたい」「その手はあまりギュッと握ってちゃいけない」と

「ブルーピリオド」第1話より 「ブルーピリオド」第1話より

こだわりが出始めた!

「このシルエットの感じだと女の子のスカートが短くなっちゃうけれど、そんなにギャルっぽい感じじゃない方がいい」とか、とにかくこだわりをめちゃめちゃ持っていて。でも「手を描く」といっても、突然パッとは描けませんよね。だから描くために友達に握っている手をやってもらって、それを観察しながら描いたりしているうちにどんどんのめりこんでいった。そして授業の最後にみんなでマークを貼り出したら、その子のマークはとても人気があって。それ以降、美術にとてもまじめに取り組み始めた子がいたんだよねー……みたいな話を聞いて「それだー!」と思ったんです

それは連載を始める前のお話ですよね?

はい。描き始めるときに「どうしよう」という感じで、周りの人たちからたくさん話を聞いていました。その中でそのエピソードを聞き「これだ!」と

読み切りで書かれた「ヌードモデル」においては、男女の役割は逆ですが、キャラクターのかぶりもあって「ブルーピリオド」の原型を感じました

そうですね。DQNが好きなんですよね。ヤンキー好きっていうのがまずある(笑)

「ブルーピリオド」第1話より 「ブルーピリオド」第1話より

でも男子のクズさレベルでは、読み切りよりも連載の方が優しい(笑)ちなみに本の帯の文言は編集さんが考えられたんですか?

「DQN」という言葉は山口さんからのリクエストもあって

あ、言いましたね

それで避ける人もいるんじゃないかって、迷うところもありましたが、刺激の方をとろうという判断を下しました


刊行ペースの速さとメンタルが強い主人公

単行本の刊行されるスピードは従来より早めです。連載ページ数を数えてみたら、一話目が62ページで、その後が50ページ、50ページとかなり多い。最近では42ページという場合もありますが、全体的には一話分が長めでした。こういった展開は先生と編集さん、どちらからの提案でのことでしょうか

こちらが要求しても「たくさん描けない」という方もいらっしゃいます。今回の場合は山口さんからで、基本は山口さんが描いてくださった結果です

ネームを切った段階でこのくらいの長さだった、と

そうですね。全然やりたくないんですけれど(笑)もっと短くしたいのに、気が付いたらあれ?という感じで長くなっています

おかげさまで、ものすごく読みごたえを感じました(笑)

一話だけ28ページと短い時もあるんですよ。その時はたまたまそこで話の切れが良かったんです。「短いけど終わったね」ということで

マンガの描き方についても、全体的にコマが大きいことも印象に残っています。見開きも多い。なにか意識してらっしゃる部分はありますか?

「絵を魅力的に描いてこそマンガ!」みたいなことをよく言われます。編集さん方が「やっぱり見開きが入ってないと寂しいですね」というお言葉もあったり。現在の描き方は、アフタヌーン編集部が許してくださっているという感じでしょうか

「ブルーピリオド」第1話より 「ブルーピリオド」第1話より

各回のタイトルが面白くて楽しみにしています

担当さんに丸投げして全部決めてもらっています。中でも五話目の「予備校デビュー・オブ・ザ・デッド」は……(笑)いわゆるゾンビものホラー映画のもじりですよね

八虎についてですが、DQNという設定の割には優しくもあり、他者との違いを否定しない懐の深さもあります。コミュニケーションを諦めていないというシーンも多く描かれます。自分自身からも逃げない主人公ですよね

八虎は自分で描いていても、メンタルがすごく強いなって思います(笑)あと、真面目だなって。ただ彼のことは凡人タイプだと私は思っていて、ポテンシャルはそんなに高くないのだけれど努力できる人というか。「夏休みの間、一日一枚描けたら何でもできるわなー!」と描いていても感じます

作中の描写でそのエピソードが出てきますね

「一日一枚描く」という事についても意見が分かれていて、たとえばとそういった経験がある人は「毎日一枚描き続けたら、そりゃうまくなるわ」という感じだったんですけれど、美術をやってきていない方からは「え?!こんなんで受かるの」みたいなことをおっしゃる方もいて、意見が分かれます

「ブルーピリオド」第3話より 「ブルーピリオド」第3話より


作中絵の由来とこれからのこと

あとがきなどから、この作品には協力者の方が多くいらっしゃるように見えます。載せる絵はどういう風に選んでいらっしゃるんですか?

取材をした流れのままで「予備校のときの絵ってある?」とか「最近のデータ、くれない?」という感じでもらった絵から当てはめていくパターンと、それがどうしても無理なときは友達を呼んで描いてもらったり。「いついつまでに描いて」と、課題を出してお願いするということもあります

「ブルーピリオド」第3話より<br>絵(上段 左から)・堀内真紀子/八雲/斎藤大瀬 (下段 左から)灯まりも/八千草まつば 「ブルーピリオド」第3話より
絵(上段 左から)・堀内真紀子/八雲/斎藤大瀬 (下段 左から)灯まりも/八千草まつば

自分から「絵を使って!」と先生におっしゃる方も?

「使って大丈夫だよ!」「宣伝にもなるし嬉しい!」と言ってくれる友達もいます。ただ、使えるかどうかはその時々みたいな、シーンにはまるかどうかみたいなところがあるので……(笑)でもみんなすごく協力的で、優しいです

受験絵画についてのくだりなど、現場の取材もかなりなさっているのでは?

だいたいは「友達と飲みに行きがてら話を聞く」みたいな感じでしょうか。同じ学校、同じ受験でもどんどんと変わっていく部分があると思います。取材については連載前から、今も毎月行っています。自分の時はガッツリ「受験絵画」というものがあったんですよ。さっきみたいにモノクロで仕上げるといった話とか、いわゆる「藝大っぽい感じ」という対策手法があったのですが、受験絵画の話を描く直前になって私が通っていた予備校の恩師に話を聞いたら「いま全然そういう感じじゃないよ」と言われて「マジで?!」と(笑)それで「これは自分の知っている話でも、ちゃんと今の話を聞かなきゃ絶対だめだな」となりました

美術を知っている方が読むと、また違った読み方ができそうですね

一巻の段階だと「懐かしい」という声が多かったですね。「あったあった!」みたいな

たとえば現役高校生の、キャラクターたちと似た環境の子たちからの反応もありますか?

すごく読んでくださっているみたいです。なんだかプレッシャーを感じる気持ちもあります(笑)

「ブルーピリオド」第1話より 「ブルーピリオド」第1話より

周りには美術に携わる方が多くいらっしゃるかと思いますが、作品を描いていく上でそういった視線は気になりましたか?

はい。「美術はこうじゃないよ」という意見は絶対にあるだろうという前提の上で、その人だけではなく美術を知らない方や、どこから美術に手を出していいかわからない方の手助けになるような、「こんな美術もあるよ」と提案するものにしたいなと考えていました

連載を始めてから変わってきたことはありますか?

まだ受験期を描いているので、今のところ当初描きたいと思っていたところからは変わっていません。自分の経験や体験したことを描いているので、その辺りは。ただ、大学に入ってからのことを描けるなら、そこからどうしようかな?というのは現在考え中です。「マンガ家」としては描けますが、自分が体験していない「画家として」といった部分はリアリティをもって描けるかどうかは……?あと変わっていったこととしては、いろいろ調べていくうちに、「美術」というものが一筋縄ではいかないことに気づいて「美術ってなんなんだー?!」という気持ちになっていたりもします(笑)

最後に読者の方へメッセージを!

これからもマンガを描かせてください!よろしくお願いします

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